HISTORY OF REVLON レブロンヒストリー

  • レブロンの歴史は、指先を美しく彩ることから始まりました。

    レブロンの歴史は、
    指先を美しく彩ることから始まりました。

    1932年、チャールズ・レブソンは、世界で初めて、色彩豊かなネイル エネメルをつくりました。
    薄く透きとおるようなものしかなかった時代。今までにない美しい発色のネイルエナメルは、女性の心を魅了し、大ヒットをおさめました。彼は次に、ネイルエネメルと同じカラーの口紅を開発。“唇と指先の調和”という新しいファッションを生み出し、レブロンを世界企業へと育て上げました。

  • レブロン、その名前に込められた意味

    レブロン、その名前に込められた意味

    創立者であるチャールズ・レブソン(REVSON)という名に、ネイルエネメル開発に貢献した科学者チャールズ・ラックマン(LACHMAN)の頭文字である「L」を入れ「REVLON」という社名に。
    レブロンという社名には2人の男性の情熱と貢献が秘められているのです。

  • 女性の憧れを商品にする。この企業理念がレブロンを、ファッション界も巻き込む"美"のリーディングカンパニーに。

    女性の憧れを商品にする。
    この企業理念がレブロンを、ファッション界も巻き込む
    ”美”のリーディングカンパニーに。

    レブロンの企業理念はファッション界からも支持され、ファッション・リーダーとしての地位を揺るぎないものにしました。現代ファッション界の基礎を創ったトップデザイナー達(例えば、ビル・ブラス、ピエール・バルマンなど)が、自分の名前を付けたレブロン商品を競って提案。さらに、世界のファッショントレンドを左右する「インターカラー協会」の有力メンバーに。
    ファッション界との強いパイプラインを持つレブロンが発表するメイクアップカラーやパターンは、まさにそのシーズンのファッションそのものであるといえます。

  • 世界を舞台にネットワ−クを広げる、レブロングループ

    世界を舞台にネットワ−クを広げる、
    レブロングループ

    「より美しく」と願う世界中の女性のために。レブロンはニューヨークに拠点を置き、140ヶ国以上の販売ネットワークを通じて、世界へ「美と喜び」をお届けしています。

REVLON POLICY

レブロンでは1989年から動物実験は行われておらず、現在も実施しておりません。製品はすべて適用可能な最新技術を用いた方法で総合的にテストし、革新性だけでなく使用上の安全性も確保しています。レブロンはメークアップを通じて女性が自分自身を表現する機会を与えられるべきだと考え、世界中の様々なコスメティック市場で製品を販売しています。各市場ともその地域の法規下にあり、一部の国においてはその国の登録要件を満たす上で規制当局により独自試験が実施されています。レブロンは製品を販売している各国の法規をすべて順守し、業界団体における動物実験によらない代替法の推進を支援しています。

  • 1930
    1930

    レブロンの成功は、発色と色もちの良いネイルエナメルを美容院で販売したことから始まりました。

  • 1940
    1940

    戦時中には、兵士たちのために救急箱や、染色マーカーを製造していました。
    戦争が終わると、マニキュアやペディキュア用器具の製造を開始しました。

  • 1950
    1950

    年に2回、流行のファッションに合わせたネイルと口紅のプロモーションを実施しました。
    また、この時期からテレビ広告をもスタートしました。

  • 1960
    1960

    広告にUSモデルを起用。知的で活動的な女性を”アメリカンルック”として海外へ打ち出し、国際的に存在感を高める基盤を築きました。
    それから現在にいたるまで、世界で活躍する名だたる女優・モデルを起用しつづけています。

  • 1970
    1970

    働く若い女性をターゲットにフレグランス“チャーリー”を発表。
    この商品は70年代半ば、世界No.1のフレグランスになりました。

  • 1980
    1980

    1985年にマックアンドリュー&フォービスの傘下に入りました。
    1987年にはアルメイがレブロンのラインナップに加わりました。

  • 1990
    1990

    「カラーステイ」シリーズの第1弾として、色移りしにくいリップスティックを発表。
    そして競合他社との差を縮め、カラーコスメティック市場のマスプロダクト部門においてNo.1の地位を確立しました。

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